脳内ニューヨーク の感想。
2010年12月10日 映画
10年3月17日に観た「脳内ニューヨーク」の感想。
ネタバレ注意。
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・筋
舞台の演出家をしているケイデンは芸術家である妻との仲が芳しくなかった。妻は娘を連れて家を出て行き、良い雰囲気となった劇場の受付嬢とも一線を越える決断が出来ない。
そんな折、天才賞の別名をもつマッカーサー・フェロー賞を受賞し、その賞金を基に新たな舞台に取りかかる。
それは、ニューヨークの中に実際に自分の経験したもう一つのニューヨークを作り出すという仕事だった。
やがて人間関係は複雑に折り重なっていき……。
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・趣向
チラシが原色を多用した色遣いで非常にポップだった上、あらすじなどもわかりやすく、面白そうだと思って見に行った映画。
しかし実際の所、チラシのポップさとはかけ離れた、かなり作家性の強い難解な作品で、見終わったときには頭がこんがらがっていた記憶がある。
もうこれは詐欺じゃないのかと思うくらいかけ離れていたが、配給会社からすればうまく客を呼ぶために必死になって考えた結果なのだろう。チャーリー・カウフマンという時点で警戒しとけ、と言うことか。
監督は過去に「マルコヴィッチの穴」や「アダプテーション」など、突飛な発想による癖のある脚本を書いてきたチャーリー・カウフマン。自分も「アダプテーション」を当時見たことがあるが、変な映画だなあという感想を抱いた。
今回は初監督作品となるが、相当に変な映画だ。
映画は一貫してダウナーというか、滅入りそうになるようなトーンで展開される。淡々としていて、抽象的でわかりにくく、時に不気味で奇妙。
しかし、それでいて全く意味がわからないかというとそうでもない。雰囲気はある映画だし、しっかり探れば意味を見いだせそうで、引き込まれる面もある。
チャーリー・カウフマンという評価されている人が監督しているからか、それともアメリカ映画の体力なのか、それなりに金もかけられているように見えるし、チープな作りには見えない。
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・個人的な感想
この映画を見終わった後も、この映画の感想をまとめようとしていたときも、結構色々考えた。一体何を言いたいんだろうこの映画は、と。
色々頭の中に、ああじゃないだろうか、こうじゃないだろうかと浮かびはした物の、結局の所完全にまとまることはなかった。本当に意味がわからない。
しかし先にも描いたとおり、俺の知識が足りないだけで、あるいは俺がしっかり考えていないだけであって、ちゃんと注意深く読み取ればそこには何か意味のある物が含まれているのではないか、と思わせてしまうような作りにはなっているため、何度も何度も再び考え込んでしまうのだ。
実際の所本当にそうなのかもしれない。作品のあちこちにはそれらしいようなヒントめいたセリフや、詩の引用や、抽象的な表現が散りばめられている。作品タイトルも原題はもっと意味深なのだ。
しかし、しかしである。これはあくまで個人的なポリシーというか価値観でしかないのだが、伝わらなければ意味がない、と思うのだ。
知識や見識のある人にはとても豊かな埋蔵物のある映画だとしても、その他大勢の人には掘り進められないほど難解で、全く伝わらないのであれば、それはあまり意味がないと考えるのだ。
そういう観点からは、自分はこの映画を評価できない。
ただ、なんでも、どの分野でもそうだが、振り幅というのは大切だと思う。
とてもわかりやすい作品がある一方で、こういった難しい作品があるというのは、バランスという意味でも意義があるのだと思う。
わかりやすければいいのかというと必ずしもそうではない。難しいことにぶつかって考えることで、新たな発想が生まれることもある。難易の両極が広がれば平均からの振り幅も大きいし、そういった幅は多様な物を受け入れ、生み出す土台ともなり得る。
そういう観点からは、一定の評価が出来る。
ネタバレ注意。
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・筋
舞台の演出家をしているケイデンは芸術家である妻との仲が芳しくなかった。妻は娘を連れて家を出て行き、良い雰囲気となった劇場の受付嬢とも一線を越える決断が出来ない。
そんな折、天才賞の別名をもつマッカーサー・フェロー賞を受賞し、その賞金を基に新たな舞台に取りかかる。
それは、ニューヨークの中に実際に自分の経験したもう一つのニューヨークを作り出すという仕事だった。
やがて人間関係は複雑に折り重なっていき……。
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・趣向
チラシが原色を多用した色遣いで非常にポップだった上、あらすじなどもわかりやすく、面白そうだと思って見に行った映画。
しかし実際の所、チラシのポップさとはかけ離れた、かなり作家性の強い難解な作品で、見終わったときには頭がこんがらがっていた記憶がある。
もうこれは詐欺じゃないのかと思うくらいかけ離れていたが、配給会社からすればうまく客を呼ぶために必死になって考えた結果なのだろう。チャーリー・カウフマンという時点で警戒しとけ、と言うことか。
監督は過去に「マルコヴィッチの穴」や「アダプテーション」など、突飛な発想による癖のある脚本を書いてきたチャーリー・カウフマン。自分も「アダプテーション」を当時見たことがあるが、変な映画だなあという感想を抱いた。
今回は初監督作品となるが、相当に変な映画だ。
映画は一貫してダウナーというか、滅入りそうになるようなトーンで展開される。淡々としていて、抽象的でわかりにくく、時に不気味で奇妙。
しかし、それでいて全く意味がわからないかというとそうでもない。雰囲気はある映画だし、しっかり探れば意味を見いだせそうで、引き込まれる面もある。
チャーリー・カウフマンという評価されている人が監督しているからか、それともアメリカ映画の体力なのか、それなりに金もかけられているように見えるし、チープな作りには見えない。
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・個人的な感想
この映画を見終わった後も、この映画の感想をまとめようとしていたときも、結構色々考えた。一体何を言いたいんだろうこの映画は、と。
色々頭の中に、ああじゃないだろうか、こうじゃないだろうかと浮かびはした物の、結局の所完全にまとまることはなかった。本当に意味がわからない。
しかし先にも描いたとおり、俺の知識が足りないだけで、あるいは俺がしっかり考えていないだけであって、ちゃんと注意深く読み取ればそこには何か意味のある物が含まれているのではないか、と思わせてしまうような作りにはなっているため、何度も何度も再び考え込んでしまうのだ。
実際の所本当にそうなのかもしれない。作品のあちこちにはそれらしいようなヒントめいたセリフや、詩の引用や、抽象的な表現が散りばめられている。作品タイトルも原題はもっと意味深なのだ。
しかし、しかしである。これはあくまで個人的なポリシーというか価値観でしかないのだが、伝わらなければ意味がない、と思うのだ。
知識や見識のある人にはとても豊かな埋蔵物のある映画だとしても、その他大勢の人には掘り進められないほど難解で、全く伝わらないのであれば、それはあまり意味がないと考えるのだ。
そういう観点からは、自分はこの映画を評価できない。
ただ、なんでも、どの分野でもそうだが、振り幅というのは大切だと思う。
とてもわかりやすい作品がある一方で、こういった難しい作品があるというのは、バランスという意味でも意義があるのだと思う。
わかりやすければいいのかというと必ずしもそうではない。難しいことにぶつかって考えることで、新たな発想が生まれることもある。難易の両極が広がれば平均からの振り幅も大きいし、そういった幅は多様な物を受け入れ、生み出す土台ともなり得る。
そういう観点からは、一定の評価が出来る。
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