ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない
2010年1月24日 映画 1月8日に「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」を観てきたので、感想をば。(ネタバレ注意)
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・筋
高校の頃にいじめにあって以来引きこもりとなった主人公。学校を中退し、家ではパソコンに向かう毎日。
母親の言葉と死によってついに社会復帰を目指すが、低学歴と空白期間で就職活動は難航する。
それでもようやく半年後に採用してもらうことになり、胸を高鳴らせて向かうのだが、なにやら社内の様子がおかしい。
無茶な仕事のスケジュール、ずさんな経理、理不尽な上司、情緒不安定の同僚、出来ない社員。
そこはチェック項目全てに合致する、ブラック会社だったのだ。
後がないという崖っぷちの状態で必死に耐え抜く主人公は、唯一の信頼できる先輩に助けられながら、少しずつ成長していく。
ところが、さらなる試練が彼を襲い……。
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・切り口
物質のエネルギーが高まるときは振動が伴う。高温、高エネルギーである物質ほど振動数が多くなり、それによって更に周囲の物質を振動させていく。
これは人間の心にも言えることだと思う。つまり、人の心や行動も周囲のエネルギーに感化されると言うことだ。
ブラック会社というのは、その振動がない、あるいはあっても内部で格差があったり、効率が著しく悪かったりするのだと思う。
主人公の属する会社では仕事が出来ない上に傲慢かつ不条理な権力を振りまく上司、同僚がいる。彼らは仕事をあまりしないが、その分を他の社員に回している。
押しつけられた側は上下関係や自身の首がかかっているため、断ることが出来ない。仕事をなんとしても達成しなければならない状況、状態なのだ。
物質が振動するとき、人の心が奮起するときと言うのは当然何かの作用があって起こることだ。やる気を起こす、力を発散すると言うことはエネルギーが要る。エネルギーを貰って、自分も行動できる。
ブラック会社では、崖っぷちに追い込まれることによって、切羽詰まった状態で無理矢理振動させられる。そこにエネルギーの供給はない。状況による焦りで、自分の内のエネルギーだけを燃焼させて仕事をこなす。
普通ならば、自分がエネルギーを発散すれば、その熱が周囲の人間を振動させて活気づかせることになるのだが、ブラック会社では周りとはある種隔絶されているため伝わらない。
立場が弱いため意見できないし、そもそも相手にやる気がない。時間もない。心の交流を図る余裕や環境がないのだ。
供給がなければ当然ガス欠が起こる。
精神的、肉体的に支障を来すわけだ。
一方で生産的な職場というのは個人個人にエネルギーが常に供給されている。それは社員達の心の交流がきちんと為されているということである。やり甲斐が保たれている。
助け合っているという感覚や実感がある。仲間達と一緒に頑張っているという気持ちが、自分を奮い立たせ、それがまた周囲に伝播していく。
主人公にとって、唯一の人格者である先輩が心の支えとなっていた。彼の存在が人間としての成長に大きく関わっていたのは間違いない。
その後、様々な逆境が襲いかかり、ついに限界を迎えた主人公は感情を同僚達に向かって爆発させる。
これが結果としては、その時の社内の状況を好転させるきっかけになった。人を繋ぎ、人を変えうる力を持つのが、人の心だと言うことだ。
もちろん実話とはいえ、これは上手くいったケースで、実際はなかなか悪い環境を好転させることは難しい。彼の元々の資質や性格、人柄、成長やそれまでの行動など、色々な事柄が加味されてのことだろう。
ただそれでもやはり、人を変え、自分を変えるのは紛れもなく、人のエネルギーだと言うこと。
人とぶつかると言うことは疲れるし、怖さもつきまとうが、それが何らかの形で人を震わせることにも繋がるのだ。
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・趣向
おそらく2チャンネルが絡んでいるのだろう、そこから本なども出されて、今回映画化されたという感じか。
監督は佐藤祐市で、過去にオタク要素を含んだ「キサラギ」なども監督している。未見だが、要するにそういった文化に理解のある人なのだろう。
映像表現はかなりポップ。デスマーチでは戦場で戦う映像を、ワキガにはわかりやすく矢印でニオイの進行を表現、相対する二人の出来る社員を孔明と周瑜に扮させるなど、楽しげで飽きさせないような映像表現が為されている。
原作を読んでいないので何とも言えないが、原作者のフィルターを通して描かれたキャラクターや世界観を、更に脚色してわかりやすくコミカルにされているように思う。
登場人物は親しみやすい俳優さんが起用されているように思う。
高圧的な上司が品川庄司の品川だったり、何やってるのかわからない社長が森本レオだったり。主人公に至ってはニートで引きこもりで陰気で、と言う負の要素がほとんど感じられない小池鉄平。顔が綺麗すぎる。
そもそもこの話、映像や脚本はポップでテンポ良く、要所にギャグやユーモアが散りばめられているので一見楽しげに見えるのだけど、実際はかなりシリアス。
コメディベースのシリアスではなくて、シリアスベースのコメディなのだ。
原作の良さを活かそうとか、観客層を見越してと言うこともあると思うけど、このシリアスな味を和らげ、且つ、いかに観客に上手く届けるかという点が、俳優の起用にも表れているように思う。
マニアックなネタや下請けIT企業の悲哀、人間模様など、ユーモアは散りばめられているから要所要所でクスリと笑える。ただ主人公の抱えている事や周囲との関係などから、心抉られる部分も多く、ちょっと泣きそうになってしまったところもあった。
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・個人的感想
個人的には最初から最後まで中ダレすることなく、泣いたり笑ったりと感動できた映画だった。
映画化されるのもよく分かるし、上手く映画化されているのだろうなとも言える。
映画を見終わったときには、今自分の勤めている環境の良さに感謝したくなってしまった。
今ブラック会社に勤めている人には、何かしら心の薬にはなるのかも知れない。
ごちそうさまでした!
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・筋
高校の頃にいじめにあって以来引きこもりとなった主人公。学校を中退し、家ではパソコンに向かう毎日。
母親の言葉と死によってついに社会復帰を目指すが、低学歴と空白期間で就職活動は難航する。
それでもようやく半年後に採用してもらうことになり、胸を高鳴らせて向かうのだが、なにやら社内の様子がおかしい。
無茶な仕事のスケジュール、ずさんな経理、理不尽な上司、情緒不安定の同僚、出来ない社員。
そこはチェック項目全てに合致する、ブラック会社だったのだ。
後がないという崖っぷちの状態で必死に耐え抜く主人公は、唯一の信頼できる先輩に助けられながら、少しずつ成長していく。
ところが、さらなる試練が彼を襲い……。
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・切り口
物質のエネルギーが高まるときは振動が伴う。高温、高エネルギーである物質ほど振動数が多くなり、それによって更に周囲の物質を振動させていく。
これは人間の心にも言えることだと思う。つまり、人の心や行動も周囲のエネルギーに感化されると言うことだ。
ブラック会社というのは、その振動がない、あるいはあっても内部で格差があったり、効率が著しく悪かったりするのだと思う。
主人公の属する会社では仕事が出来ない上に傲慢かつ不条理な権力を振りまく上司、同僚がいる。彼らは仕事をあまりしないが、その分を他の社員に回している。
押しつけられた側は上下関係や自身の首がかかっているため、断ることが出来ない。仕事をなんとしても達成しなければならない状況、状態なのだ。
物質が振動するとき、人の心が奮起するときと言うのは当然何かの作用があって起こることだ。やる気を起こす、力を発散すると言うことはエネルギーが要る。エネルギーを貰って、自分も行動できる。
ブラック会社では、崖っぷちに追い込まれることによって、切羽詰まった状態で無理矢理振動させられる。そこにエネルギーの供給はない。状況による焦りで、自分の内のエネルギーだけを燃焼させて仕事をこなす。
普通ならば、自分がエネルギーを発散すれば、その熱が周囲の人間を振動させて活気づかせることになるのだが、ブラック会社では周りとはある種隔絶されているため伝わらない。
立場が弱いため意見できないし、そもそも相手にやる気がない。時間もない。心の交流を図る余裕や環境がないのだ。
供給がなければ当然ガス欠が起こる。
精神的、肉体的に支障を来すわけだ。
一方で生産的な職場というのは個人個人にエネルギーが常に供給されている。それは社員達の心の交流がきちんと為されているということである。やり甲斐が保たれている。
助け合っているという感覚や実感がある。仲間達と一緒に頑張っているという気持ちが、自分を奮い立たせ、それがまた周囲に伝播していく。
主人公にとって、唯一の人格者である先輩が心の支えとなっていた。彼の存在が人間としての成長に大きく関わっていたのは間違いない。
その後、様々な逆境が襲いかかり、ついに限界を迎えた主人公は感情を同僚達に向かって爆発させる。
これが結果としては、その時の社内の状況を好転させるきっかけになった。人を繋ぎ、人を変えうる力を持つのが、人の心だと言うことだ。
もちろん実話とはいえ、これは上手くいったケースで、実際はなかなか悪い環境を好転させることは難しい。彼の元々の資質や性格、人柄、成長やそれまでの行動など、色々な事柄が加味されてのことだろう。
ただそれでもやはり、人を変え、自分を変えるのは紛れもなく、人のエネルギーだと言うこと。
人とぶつかると言うことは疲れるし、怖さもつきまとうが、それが何らかの形で人を震わせることにも繋がるのだ。
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・趣向
おそらく2チャンネルが絡んでいるのだろう、そこから本なども出されて、今回映画化されたという感じか。
監督は佐藤祐市で、過去にオタク要素を含んだ「キサラギ」なども監督している。未見だが、要するにそういった文化に理解のある人なのだろう。
映像表現はかなりポップ。デスマーチでは戦場で戦う映像を、ワキガにはわかりやすく矢印でニオイの進行を表現、相対する二人の出来る社員を孔明と周瑜に扮させるなど、楽しげで飽きさせないような映像表現が為されている。
原作を読んでいないので何とも言えないが、原作者のフィルターを通して描かれたキャラクターや世界観を、更に脚色してわかりやすくコミカルにされているように思う。
登場人物は親しみやすい俳優さんが起用されているように思う。
高圧的な上司が品川庄司の品川だったり、何やってるのかわからない社長が森本レオだったり。主人公に至ってはニートで引きこもりで陰気で、と言う負の要素がほとんど感じられない小池鉄平。顔が綺麗すぎる。
そもそもこの話、映像や脚本はポップでテンポ良く、要所にギャグやユーモアが散りばめられているので一見楽しげに見えるのだけど、実際はかなりシリアス。
コメディベースのシリアスではなくて、シリアスベースのコメディなのだ。
原作の良さを活かそうとか、観客層を見越してと言うこともあると思うけど、このシリアスな味を和らげ、且つ、いかに観客に上手く届けるかという点が、俳優の起用にも表れているように思う。
マニアックなネタや下請けIT企業の悲哀、人間模様など、ユーモアは散りばめられているから要所要所でクスリと笑える。ただ主人公の抱えている事や周囲との関係などから、心抉られる部分も多く、ちょっと泣きそうになってしまったところもあった。
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・個人的感想
個人的には最初から最後まで中ダレすることなく、泣いたり笑ったりと感動できた映画だった。
映画化されるのもよく分かるし、上手く映画化されているのだろうなとも言える。
映画を見終わったときには、今自分の勤めている環境の良さに感謝したくなってしまった。
今ブラック会社に勤めている人には、何かしら心の薬にはなるのかも知れない。
ごちそうさまでした!
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