沈まぬ太陽。

2009年11月18日 映画
 11月1日に「沈まぬ太陽」を見てきましたので、ようやくですが個人的な感想を。
 ネタバレとかたぶんあります。

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 昭和30年代、主人公の恩地元は巨大企業・国民航空で働き、労働組合の委員長を務めていた。友人で同期の副委員長・行天四郎や後輩で書記長の八木などと共に職場環境の改善のために会社と闘い、力を示していた。
 しかし、その後懲罰人事で海外へ派遣されると、更に僻地を転々と赴任させられる。会社に謝罪して労組を離れることで帰国させると言われるが、自身の信念の下、恩地はそれを拒む。
 次第に自身の家族との溝や親の不幸、内心の葛藤で狂気に襲われ、また、日本に残された組合への切り崩し、組合員への懲罰人事などに責任を感じる。
 10年が経ち、ようやく帰国した恩地だったが、その時に航空機墜落事故が発生する。国民航空の立て直しが日本政府の課題としてあり、その中で選ばれた会長の下、恩地はかつての実績を評価され、改革のための人員として抜擢されるのだが……。

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 山崎豊子の同名小説を映画化。
 本編は3時間を超える超大作であり、途中数分間の休憩がある。

 どちらかというと左翼色が強いような気がするが、まあそれはどちらでも良い。右でも左でもよくできた理想は美しいのであり、それが体現されれば評価に値するのだと思う。そしてこの映画の主人公、恩地は、しっかりとしたぶれない芯を持ち合わせた、誠実な人間として描かれている。

 恩地の根底にあるのは三方良しの考えだろう。全ての人間が喜びを享受できる状態こそが理想なのだ。労組での賃上げや職場環境の改善要求などもそうだ。
 不当な待遇の改善による社員の救済。それによって生まれるサービスの向上により、客に安心と満足を提供し、ひいては会社全体、社会全体の利益に繋げるということを目指しているのだろう。
 これは一種の一体化だ。会社との一体化。社会との一体化。相手との一体化。つまり、自分だけのことや目先だけのことに囚われずに、自分がそのものになったかのように考える力。
 航空機事故の際に世話係として被害者と接した恩地が、その後に会長から抜擢されてもなお被害者のことを思い続けていた力。 
 そこに絶対の正義を見いだし、信念として貫いている。

 一方、恩地や、恩地と共鳴する信念ある人物達と敵対するのが、これでもかというくらいに汚く描かれた人間達だ。
 彼らは一体化や三方良しの精神とはかけ離れた言動を見せる。つまりは自己中心的であり、保身に走り、利益の独占を図るということ。
 国民航空の立て直しを計りながらも、火の粉が自分にかかりそうになるとあっさり見切りをつける政治家。金と女で何でも書くライター、出世と私腹を肥やすことにだけ興味を持ち、享楽に溺れる会社役員。
「僕らが役員に就く前に起きた事故なんだから、実感なんて無いし、責任は取れないよ」
 公の利益など顧みず、自分達がその組織の一部であるという責任が欠如している人間達。
 彼らは結局、崇高な信念や理想を持ち合わせていなかった。道徳を持ち合わせていなかった。だからこそ、欲や感情につけ込まれた。

 信念を持ってそれを忠実に守りながら生き続けることはとても辛く、難しいことだろう。
 人は欲に弱い。だからこそ悪もはびこるし、勢力は増す。そして実際、汚れていた方が生きやすいのだ。彼らはそういう意味では強い。自身が生き残るために何でもするし、出来るからだ。
 この映画でも、必ずしも悪は全て滅していない。
 ところが一方で、その末路はどうか。心の内には安楽があるのだろうか。恩地は言う。
「あいつらの方が辛いのかも知れない。流れから落っこちないように、必死にしがみついて」

 信念を貫いた恩地のその人生は、決して楽ではなかった。が、一方でやましいところ無く、正義のために信念を貫いた10年間の海外赴任は、次第に彼の胸の内で燦々と輝きを放つようになった。
 その経験はきっとこれから、自負と誇りとして彼を支え続けることになる、まさに、沈まぬ太陽なのだ。

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 現実問題として、恩地のような生き方など出来るだろうか。
 大変リスクの大きい生き方だ。家族の離散や、暗い行く末は実際起こりやすいのではないかと思える。彼ほどの人格者であっても、周囲の人間はついて行けない場合があるからだ。
 そういう意味では、八木のようなやり方もある。彼の場合は極端だったが。

 いずれにしても、現代社会というのはしがらみと謀略の入り交じった世界であり、野生として解放されたサバンナとは全く違う。自分が何なのかわからなくなると言うことはない、その自然の生き方とは、まるで対照的なのだな。

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