昨日、夜も更けた頃、携帯音楽プレイヤーをポケットに入れ、そこから伸びたイヤホンを耳に突っ込んで歩いていた。路地裏の十字路に差し掛かり、高く生えた電灯がその辺りだけ皓々と青白く風景を暴露させている。
 右折して坂道を下っていく。先には、およそ五十メートル強ほどの向こうまで明かりが無くなる。
 背中からの薄明かりが、闇の濃度を下げる。薄墨を垂らしたようなアスファルト、をひた歩く。鼓膜の震えは、アジアンカンフージェネレーションの「ノーネーム」の、クライマックスに向けた盛り上がりを迎えていた。
 目は足の一歩先だけを認めている。黙々と交互に素早く足が大地を踏みしめる。暗闇で物の分別が無くなる中、ふと視野に違和が起こった。反射的に首が動く。視線の先には、そこだけくり抜いたように深い、いやむしろくっきりと盛り上がったような、黒い輪郭。
 黒猫だった。
 彼は俺を見た。俺も、彼を一瞥し、二度三度と脇を抜けながら振り向いた。彼はじっと俺から目を離さない。名も知らぬ彼と、俺の名を知らない彼は、すれ違い、意識し、通り過ぎた。
 頭の中はギターの音色に彩られる。繰り返し、同じ歌詞が続く。
 名前をくれよ、名前をくれよ。
 振り返ると、彼は闇に溶けた。俺は明かりを目指して、歩き続ける。
 消えない愛を頂戴、無限、無限、芽吹く春の、響く青を。
 歌は、静かにその奏でを終えた。

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