4×……
2004年10月23日Frustration in my blood !!!
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血液型。
血液型によって性格が特徴付けられるというのはよく聞く話だ。
個人的には、結構信じている。
姓名判断だとか星座だとか誕生日だとか(実際に当たっているかどうかは別として)、やはりいかがわしい部分がある(もちろん後に科学的な証明を得ることもあるかもしれないけど)。
まず何より、体の中を回っているそれは、遥かに身近で信憑性がある。
人間だって突き詰めれば電気信号で動いているわけだし、微小の物質が感情を左右する。
血液型を決める何らかの物質または遺伝因子が人格形成に絡んでいても、不思議ではないと思うのです。
ただ、個人的には、そんな無茶苦茶影響されるという風には思っていません。
言ってみれば、血液型は、「性質や傾向に影響を与える」程度のものと思っています。
つまりは、A型の特徴とされるものをベースとして、育つ環境や先天的な遺伝子の発現の有無によって、その人特有の個性が形成されるというもの。
遺伝子があり、A型という素材があって、その人が成長する段階で受ける影響(内外含む)などによって、様々なA型が生まれるのではないかと思うのです。
だから、A型の特徴とされるものに全て合致するわけではなかったり、どっちかというと別の血液型に近かったり、逆にど真ん中だったりすることも有り得るのではないかと。
それに、結構統計というか、世間一般での認知度も高く、実際当たっている、近い、という話も聞きますし、ここまで広く知られ、長年生き長らえている性格の指摘もなかなか無いのではないでしょうか。
(血液型の特徴を知っている人と、星座別の性格的な特徴を知っている人は、それぞれどの位いるのでしょうか)
ただ、結局そういうことになると、性善説、性悪説と似たような話になっちゃうんですよね。
そこらがハッキリどうなっているのか解明されれば、違うんですけど。
余談ですが、個人的に、まさに血液型通り、というような人をちょくちょく見てきました。
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今回血液型の考えを書いたのは、そのことに興味があったのはもちろん、相性的な部分でも少し思うところがあったのです。
当たっているかもしれないなぁと感じたりするのですが、じゃあ当たっていると感じるならば、そういった特徴・性質・傾向を知っている自分は、割り切った考え、行動をすべきなのか、ということ。
許せないことはやっぱり許せないのです。
それは(俺の一方的な考えになりますけど)相手も悪いし、俺も悪いのだと思います。
また俺の(必要なのかどうか甚だ疑問な)プライドや、ガキ臭い性質等々によって寛容さを持てない部分もあります。
人はコミュニケーション能力を発達させたがゆえに、それをより多く、より神経質に求められる今はとても生き辛い。
兎角この世は生き辛い。
と、誰かが言っていました(思い出せないけど)。
ほんとに生き辛い。
でも上手くやってかなきゃいけない。
あるとき、人と話しているとき、「あぁ、この人も『人間』なんだ」と、当たり前のことをやけに生々しく感じたことがありました。
相手も人間で、色々と思いをめぐらせている。色々なことを考えて生きている。
そういった中で、大切なのはやはり相互理解でしょうね。
一方の論理だけでは当然通じない。
自分だけでなく、相手も。
相手だけでなく、自分も。
まあこれが難しいところなんですけどね……。
どうしても人は主観が大きく比率を占めますし。
なんかまとまりの無い文章になっちまった。
なんか違うなぁ……。
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血液型。
血液型によって性格が特徴付けられるというのはよく聞く話だ。
個人的には、結構信じている。
姓名判断だとか星座だとか誕生日だとか(実際に当たっているかどうかは別として)、やはりいかがわしい部分がある(もちろん後に科学的な証明を得ることもあるかもしれないけど)。
まず何より、体の中を回っているそれは、遥かに身近で信憑性がある。
人間だって突き詰めれば電気信号で動いているわけだし、微小の物質が感情を左右する。
血液型を決める何らかの物質または遺伝因子が人格形成に絡んでいても、不思議ではないと思うのです。
ただ、個人的には、そんな無茶苦茶影響されるという風には思っていません。
言ってみれば、血液型は、「性質や傾向に影響を与える」程度のものと思っています。
つまりは、A型の特徴とされるものをベースとして、育つ環境や先天的な遺伝子の発現の有無によって、その人特有の個性が形成されるというもの。
遺伝子があり、A型という素材があって、その人が成長する段階で受ける影響(内外含む)などによって、様々なA型が生まれるのではないかと思うのです。
だから、A型の特徴とされるものに全て合致するわけではなかったり、どっちかというと別の血液型に近かったり、逆にど真ん中だったりすることも有り得るのではないかと。
それに、結構統計というか、世間一般での認知度も高く、実際当たっている、近い、という話も聞きますし、ここまで広く知られ、長年生き長らえている性格の指摘もなかなか無いのではないでしょうか。
(血液型の特徴を知っている人と、星座別の性格的な特徴を知っている人は、それぞれどの位いるのでしょうか)
ただ、結局そういうことになると、性善説、性悪説と似たような話になっちゃうんですよね。
そこらがハッキリどうなっているのか解明されれば、違うんですけど。
余談ですが、個人的に、まさに血液型通り、というような人をちょくちょく見てきました。
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今回血液型の考えを書いたのは、そのことに興味があったのはもちろん、相性的な部分でも少し思うところがあったのです。
当たっているかもしれないなぁと感じたりするのですが、じゃあ当たっていると感じるならば、そういった特徴・性質・傾向を知っている自分は、割り切った考え、行動をすべきなのか、ということ。
許せないことはやっぱり許せないのです。
それは(俺の一方的な考えになりますけど)相手も悪いし、俺も悪いのだと思います。
また俺の(必要なのかどうか甚だ疑問な)プライドや、ガキ臭い性質等々によって寛容さを持てない部分もあります。
人はコミュニケーション能力を発達させたがゆえに、それをより多く、より神経質に求められる今はとても生き辛い。
兎角この世は生き辛い。
と、誰かが言っていました(思い出せないけど)。
ほんとに生き辛い。
でも上手くやってかなきゃいけない。
あるとき、人と話しているとき、「あぁ、この人も『人間』なんだ」と、当たり前のことをやけに生々しく感じたことがありました。
相手も人間で、色々と思いをめぐらせている。色々なことを考えて生きている。
そういった中で、大切なのはやはり相互理解でしょうね。
一方の論理だけでは当然通じない。
自分だけでなく、相手も。
相手だけでなく、自分も。
まあこれが難しいところなんですけどね……。
どうしても人は主観が大きく比率を占めますし。
なんかまとまりの無い文章になっちまった。
なんか違うなぁ……。
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