タイガーサークルバター
2004年4月11日 世界に花や水が溢れていた頃、爽やかな風が吹き、陽光が差し込んだ地上で人々は幸せに暮らしていた。
しかしある時人間はふと気が付いた。自分たちの身の周りを闇が覆い始めていたことに。雲が立ち込めるわけでもなく空は漆黒に変わり、乾いた大地はひび割れた。次第に住む場所を失われた人間たちは徐々にその生活圏を縮める。そしてついに残された一角へと追い込まれ、その存在はまさに風前の灯と言っても過言ではなかった。
手に光を掲げた勇気ある青年。彼は稲妻が降り注ぐ焼かれた大地へと足を踏み出す。後退していく文明はその中でこの天変地異の根源を見つけだしていた。衰弱した生命にとって余力の粋である青年を、人々は一糸の希望を持って送り出すことにしたのだ。
勇気ある青年は臆することなく、歩みを止めることは無かった。光を頼りに道を照らし、焦土踏みしめて前進、極寒の地を駆け、岩石の群れを縫った。そして長い月日をかけて、ようやく、無事にその闇の根源へと到達した。
闇の中に大きな目が浮かんでいる。元凶を見据え、青年は問うた。
「なぜあなたは大地を殺し、人を殺そうとするのか」
大きく、白く輝くその瞳は瞬くことなく静寂に溶けて何も語らない。
「暗闇よ、なぜだ。応えたがいい」
勇気ある青年はもう一度力強く叫ぶ。が、やはりその瞳は沈黙を纏ったまま何も語ることはなない。青年はじっとその黒地に浮く目を睨んで待っていた。そして青年の発した言葉が遠い昔のことのように思えてきた頃、どこからとも無く声のようなものが響いてきた。
「青年よ。生とはつまり死だ。秩序が無秩序に変わるように、生ける物は全ては死に向かって流れていく。その逆はありえない」
「何を言いたい。この世界を無くそうと言うのか。何のために」
どこから来るのかわからない声に向かって青年は叫んだ。目の前の者が発しているであることは予想がついたが、その言葉は一方からではなく、全周囲から自分に注がれているようだった。
「私は死ぬことが出来ないのだ。青年よ、私は死が欲しい。私は思うのだ。青年よ、月日を計れる生き物は死ぬことが出来るからこそ、その辛く苦しく、甘美な時の流れを受け入れることが出来ると。私は私を、私の生涯を受け入れたい」
感情や声質などまったく無い、言葉。直接自分の頭に組み込まれてくるようだ。
唐突に青年は目の前がぼやける様な感覚に陥った。膝が砕け、片足を折ってつける。体中から骨を抜き去ったように体が崩れ、気力が抜けていく。
「あなたの都合のために、世界中の悲喜を終わらせるのか」
気力を振り絞る。強烈な眠気が襲ってきた時のように瞼が落ちようとして、それを食い止めるのに必死だった。
「青年よ。形あるものはいつか無になる。意識とて同様。今ある感情は一時のもので、空なのだ。無に溶けてしまえば、痕跡も何もかもが一切消える。あなた方は恐れる必要など無いのだ」
「私は許さない、我々のたった一度の命をあなたが滅ぼすことなど」
青年は有していた雷を以って暗闇の目を穿つために発動機を始動させた。白濁しそうな自己をなんとか支えつつも最大出力でエネルギーを蓄える。唸りを上げた動力が体中に走り、右手に青白い光がほとばしった。それを確認すると、青年は右腕を勢いよく突き出す。
青光りする閃光が拳から瞬間で目標に向かって伸び、突き抜けた。が、まったく手応えが無い。ただ愕然とその幻のような白く浮かび上がる目を見つめたまま、青年は両手をついた。遠くから笑い声のようなものが聞こえる。
「一度の命……?私も、そのような概念が欲しいのだ。青年よ。それには、もうこの方法しか思い浮かばない」
青年は世界が大きく動いているのを感じていた。あの暗かった周囲が、次第に白く明るく染まっていく。そして熱を感じる。だんだんと体を焼かれるように強まっていく熱。
収束していく世界を感じる。もはや視界など使い物にならないほどの光と熱。その波が押し寄せた。青年の消え入りそうな意識は、そこで完全に途絶えた。
……※……
何もない。
そこには始まりがあったのかもわからない。以前からずっといたのかもわからないし、今生まれたのかもしれない。はたと我に返るとその空間にいたのだ。
それはほんの刹那なのかもしれない。あるいはもっと長大な時間かもしれない。いやそもそも、そこに時間があるのかもわからない。しかし、気がつくと、次第に何か大きな存在が膨れ上がっていることを認識していた。それが自分であることも。
「またなのか」
力の無い思いだった。
多量のエネルギーと熱を内包した世界。
「いつ、私の死はいつ訪れるのだ……」
その一言が一様だった空間に揺らぎをもたらし、やがてそれは銀河を形成し始めようとしていた……。
しかしある時人間はふと気が付いた。自分たちの身の周りを闇が覆い始めていたことに。雲が立ち込めるわけでもなく空は漆黒に変わり、乾いた大地はひび割れた。次第に住む場所を失われた人間たちは徐々にその生活圏を縮める。そしてついに残された一角へと追い込まれ、その存在はまさに風前の灯と言っても過言ではなかった。
手に光を掲げた勇気ある青年。彼は稲妻が降り注ぐ焼かれた大地へと足を踏み出す。後退していく文明はその中でこの天変地異の根源を見つけだしていた。衰弱した生命にとって余力の粋である青年を、人々は一糸の希望を持って送り出すことにしたのだ。
勇気ある青年は臆することなく、歩みを止めることは無かった。光を頼りに道を照らし、焦土踏みしめて前進、極寒の地を駆け、岩石の群れを縫った。そして長い月日をかけて、ようやく、無事にその闇の根源へと到達した。
闇の中に大きな目が浮かんでいる。元凶を見据え、青年は問うた。
「なぜあなたは大地を殺し、人を殺そうとするのか」
大きく、白く輝くその瞳は瞬くことなく静寂に溶けて何も語らない。
「暗闇よ、なぜだ。応えたがいい」
勇気ある青年はもう一度力強く叫ぶ。が、やはりその瞳は沈黙を纏ったまま何も語ることはなない。青年はじっとその黒地に浮く目を睨んで待っていた。そして青年の発した言葉が遠い昔のことのように思えてきた頃、どこからとも無く声のようなものが響いてきた。
「青年よ。生とはつまり死だ。秩序が無秩序に変わるように、生ける物は全ては死に向かって流れていく。その逆はありえない」
「何を言いたい。この世界を無くそうと言うのか。何のために」
どこから来るのかわからない声に向かって青年は叫んだ。目の前の者が発しているであることは予想がついたが、その言葉は一方からではなく、全周囲から自分に注がれているようだった。
「私は死ぬことが出来ないのだ。青年よ、私は死が欲しい。私は思うのだ。青年よ、月日を計れる生き物は死ぬことが出来るからこそ、その辛く苦しく、甘美な時の流れを受け入れることが出来ると。私は私を、私の生涯を受け入れたい」
感情や声質などまったく無い、言葉。直接自分の頭に組み込まれてくるようだ。
唐突に青年は目の前がぼやける様な感覚に陥った。膝が砕け、片足を折ってつける。体中から骨を抜き去ったように体が崩れ、気力が抜けていく。
「あなたの都合のために、世界中の悲喜を終わらせるのか」
気力を振り絞る。強烈な眠気が襲ってきた時のように瞼が落ちようとして、それを食い止めるのに必死だった。
「青年よ。形あるものはいつか無になる。意識とて同様。今ある感情は一時のもので、空なのだ。無に溶けてしまえば、痕跡も何もかもが一切消える。あなた方は恐れる必要など無いのだ」
「私は許さない、我々のたった一度の命をあなたが滅ぼすことなど」
青年は有していた雷を以って暗闇の目を穿つために発動機を始動させた。白濁しそうな自己をなんとか支えつつも最大出力でエネルギーを蓄える。唸りを上げた動力が体中に走り、右手に青白い光がほとばしった。それを確認すると、青年は右腕を勢いよく突き出す。
青光りする閃光が拳から瞬間で目標に向かって伸び、突き抜けた。が、まったく手応えが無い。ただ愕然とその幻のような白く浮かび上がる目を見つめたまま、青年は両手をついた。遠くから笑い声のようなものが聞こえる。
「一度の命……?私も、そのような概念が欲しいのだ。青年よ。それには、もうこの方法しか思い浮かばない」
青年は世界が大きく動いているのを感じていた。あの暗かった周囲が、次第に白く明るく染まっていく。そして熱を感じる。だんだんと体を焼かれるように強まっていく熱。
収束していく世界を感じる。もはや視界など使い物にならないほどの光と熱。その波が押し寄せた。青年の消え入りそうな意識は、そこで完全に途絶えた。
……※……
何もない。
そこには始まりがあったのかもわからない。以前からずっといたのかもわからないし、今生まれたのかもしれない。はたと我に返るとその空間にいたのだ。
それはほんの刹那なのかもしれない。あるいはもっと長大な時間かもしれない。いやそもそも、そこに時間があるのかもわからない。しかし、気がつくと、次第に何か大きな存在が膨れ上がっていることを認識していた。それが自分であることも。
「またなのか」
力の無い思いだった。
多量のエネルギーと熱を内包した世界。
「いつ、私の死はいつ訪れるのだ……」
その一言が一様だった空間に揺らぎをもたらし、やがてそれは銀河を形成し始めようとしていた……。
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